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情熱キャリアアドバイザー川島正好のブログ

千葉で人材育成に関わるサラリーマンが毎日更新。進路講演・就活支援など学生に役立つ活動も熱量高めに展開中。

「サラリーマンは社畜です」と言うある大学生へのメッセージ

就活支援をしていると時々耳にする「社畜」。

彼らが育った時代背景を考えると無理はないが、自称異色のサラリーマンとしては、少々違和感があるのでメモ。

 

環境の変化

今の学生が育った背景は、バブル崩壊後のデフレで失われた20年にどっぷり浸かり、ゲーム・スマホを使いこなし、ネットでネガティブワードを浴び続けた時代を生きている。

 

ブラック企業・過労死・うつ病、、、ネットでは表面的な情報が簡単に手に入る。ネガティブなネタほど炎上して祭りになり、リアルでは周囲の大人が死んだ魚のような目をして毎日会社へ通勤している大人を見ていたら「こうはなりたくない」と思うのも無理は無い。

 

よく大人から「今の子供たちは、元気がない、欲が無い、何考えているかわからない」という声を聴くが、それは子供を取り巻く環境が変わった結果。子供が「どうせ○○は△△ですから」と達観してしまうのも、効率化の世の中を生きる親の考え方と、何でも情報が手に入るネット社会の副産物かもしれない。

 

会社は手段

千葉駅でも下を向いて足早に出勤したり、疲れ切った表情で駅まで向かうサラリーマンをよく見かける。しかし一方で、夢・志に溢れ仕事に誇りを持ってバリバリ働いているサラリーマンだっているのも事実。でも数は少ない。

 

会社員が社畜とするなら、会社員以外は社畜ではない。となるか?例えばフリーランスの方の知り合いを見ても、会社の管理(指示・命令)からは解放されるが、トレードオフになるものも沢山ある。収入は下がっても通勤のストレスから解放される事を望む人もいるし、責任や裁量を求めて独立して自由を手に入れたように見えても「会社からのノルマがあった方が」楽だった。なんて言う人もいる。 

 

  • 会社は目的なのか・手段なのか。
  • 学校は目的なのか・手段なのか。
  • 人生は目的なのか・手段なのか。 

 学生から見て会社員が社畜に見えるのは、会社が目的になっている大人なのだ。

 

 

どうせ○○だから

達観して行動しなくても、目先で食べることには困らないかもしれない。しかし時代は変化している。年功序列は崩壊し人口増加に比例して会社の業績が上がり続けた時代は終わり、いい学校に入り・いい会社に就職すれば、会社の業績とともに役職が上がり、給料が上がる時代は終わった。

 

製造工場で産業ロボットが活躍しているように、今人間が行っている仕事は人工知能を持つロボットに置き換わる時代が来る。キャリア教育のスタートがネットやパソコンとの差別化から始まる日がやってくる。これは学生に限った話ではない。既に働いている大人だって同じ。仕事の成果が機械と同程度のことしかできなければ、機械に仕事を奪われる。

 

サラリーマン=安定は死語と考えた方がいい。上場企業が安定しているように見えるが、業績が悪ければ不採算事業と一緒にリストラされる。公務員は安定しているように見えるかもしれないが、長期的には規模が縮小する。だって人口が減り税収が減るわけだから、人件費を下げるか、サービスレベルを下げるしかない。

 

これからは会社が用意した仕事をこなすだけのサラリーマンではなく、個性を磨き、物事に新しい価値を生み出せるビジネスマンにならないと、生き残ってはいけない時代=ロボットに仕事を奪われる。その自分磨きの場として、会社の枠組みを使うのか、フリーランスや起業するのかに過ぎない。つまり会社は手段。会社員として会社に新しい価値をもたらせるか。フリーランスや起業家として事業で社会に価値をもたらせるか。何でも同じことだと思う。

 

どこを目指して何をするか 

大きい船・小さい船・自分で作った船。どの船に乗っても、海全体が揺れているので安定はない。海が揺れているわけだから、動かなければやがて船酔いする。「どうせ○○だから」で今動かず変化を先送りしているといずれ限界が来る。

 

安心を手に入れるために安定した船を選ぼうとすると、自分自身が去勢され生きる力がそぎ落とされる。動きながらバランスを取った方が、この不安定な時代は安定する。

 

どんなに小さなことからでもいい。自分の身の回りを片づけたりとか、仕事の進め方を見直したりとか。何を積み上げ何を習慣にするか。習慣のバージョンアップがあなたを成長させる。

 

社畜が正しい間違っているの話ではない。どんな環境で働くかも大切だが、何を目指して働くかにフォーカスした方が、日々も充実するし、人生おもしろい。