情熱キャリアアドバイザー川島正好のブログ

千葉で人材育成に関わるサラリーマンが毎日更新。進路講演・就活支援など学生に役立つ活動も熱量高めに展開中。

数集めの友達申請はバレバレだし不要です

SNSで単なる数集め目的で

友達申請をしてくる人には傾向がある。

  • やたら友達数が多い
     ※注:著名人や著者等、一概には判断できませんが
  • やたら集合写真が多い
     (出版パーティ・コンサルセミナーとか)
  • やたらイベントや告知が多い
     (主催者・共済者・シェアとか)

 

沢山の人に伝えたいことをSNSで発信し続けても、興味のない人とばかり繋がってはのれんに腕押し。世の中には、こうした自分の利益しか考えない人もいるので注意したい。

 

数集めの友達申請は不要です。私は。

 

承認基準はお会いしたことがあるかどうかでなく、私(個人・ブログ仕事活動など)に興味を持ってくださる方、私が興味を持った方などとネットで繋がっていきたいかどうかで判断しています。

 

だから私に興味がなく、単に数を増やすためだけの感じた申請は無視しています。

 

そもそもSNSは個人のものなので、誰かに遠慮しながら使うとか、誰からから使い方を強制されるようなものではない。自分の価値観やポリシーの中で使えばいいし、環境の変化などに応じて使い方を変えていくも自然な話なんです。

 

例えばフェイスブックで友達申請の対応は

  1. 親しい友達以外はスルー
  2. 会ったことがある人なら承認
  3. メッセージの内容が妥当なら承認
  4. すべてウェルカム
  5. プロフィール写真・基本データ・タイムラインを見て承認

などなど、人によってポリシーは違う。みんな違ってみんないい。「え?そんなのおかしくない?」などと言われる筋合いはないんです。

 

私はSNSを始めた当初は2でしたが、ブログを書き始めて沢山の人に届けたいと思い4へ変更。なりすましや偽アカウントの申請が激増したので5とポリシーを変えてきました。

 

最初に決めたルールだからとか、誰かからアドバイスされたルールなどに縛られる必要は全くない。自分で使いやすいようにルールを決めて、必要に応じて変更しながら使っていけばいい。

 

見た目で「怪しい」と感じる人には理由がある。

  • 顔写真がない
  • プロフィール写真が非公開
  • プロフィール写真が本人でない
  • カバー写真に何となく違和感
  • タイムラインに投稿が何もない、、、などなど

 

怪しいと感じるポイントは人によってみんな違う。だからあなたが「怪しい」と感じたら怪しい認定でいいし、相応の対応をすればいい。

 

間違っても申請が来たから、承認しないと相手に悪いといった心配はないと思っていい。

 

だって相手は自分の得しか考えていないのだから。

言葉は凶器にも武器にもなる、その違いとは

相手にとってあなたがどのような存在かで

あなたが放つ言葉は武器にもなり凶器にもなる。 

 

◎という言葉が武器で

という言葉が凶器、という話ではない。

  

例えば「バカじゃないの?」という言葉でも

大好きな親友から言われるのと

大嫌いな先生から言われるのでは

受け止め方が全く違う。

 

例えば「あなたの仕事が心配だ」という言葉でも

頼もしい上司から言われるのと

頼りない先輩から言われるのでは

受け止め方が全く違う。

 

つまり信頼関係。

何を言われるかより、誰から言われるか。

何を聞くかより、誰から聞くか。

 

 

信頼していない人から

どんなに素晴らしい言葉や文章が出てきても

相手には届かない。 

届かないだけならまだしも

相手を傷つけたり

相手に深いダメージを与えていることすらある。 

 

厄介なのは

本人は良かれと思って言っていたり

相手がどう思うかなんて考えずに言い放つから

本人は凶器を放った自覚がなく

相手が傷ついていることにも鈍感なことが多いのだ。

 

 

傷は聞き手の心に刻まれる。 

その傷が深ければ深いほどトラウマとなって残り続ける。

 

相手の人生や価値感さえも

変えてしまうことだってある。

 

それが言葉の威力。

 

武器にも凶器もなるものだから

相手のためになるように使いたい。

 

そのためには聞き手との信頼関係を

いかに築いていくかであり

誠意ある言動を積み重ねていく。

 

これに尽きる。

ブログに刻んだ言葉はこの世を生きた証~小林麻央さん死去に想う

フリーアナウンサーの小林麻央さんが亡くなった。

 

乳がんで闘病生活されていることは知っていたが

ブログをほぼ毎日更新されていたことは知らなかった。

 

どんな想いで更新ボタンを押していたんだろう。

どんな気持ちで写真を撮っていたんだろう。

そんなことを考えてしまった。

 

過去のブログを拝見すると

日々の出来事だったり

溢れるばかりの想いだったり

誰かへの感謝の気持ちだったり

ブログに刻み込まれた文字や写真から

ありありと伝わってくる。

 

今日は、今は生きているけれど、

明日は、この後のことはわからない。

そうした想いがあったのかもしれない。

 

ブログは凄い。

例えこの世を去られた人だとしても

その場で生きていたことが

その場で咲いていたことが

沢山の人に伝わっていく。

 

そしてブログを読んだ人たちが

ブログに刻まれた彼女の言葉を

まるで両手でそっとすくい上げるように

これからの人生に活かしていく人も

沢山いるのではないかと思った。

 

私が拝見した記事の中で

印象的でこれからも大切にしていきたいと思った

文章を引用させていただきます。 

私も居るべき場所に戻れるように

今は置かれている場所で

精一杯居ようと思いました。

 

今、与えられている時間は

本当に特別なものだと感じています。

https://ameblo.jp/maokobayashi0721/entry-12233954207.html 

 

一度刻んだブログは

残り続け、読まれ続け、伝わり続ける。

 

小林さんのブログを拝見して

ブログの凄さを、ブログの可能性を改めて実感し

これからも書き続けていく覚悟ができました。

 

 

心よりご冥福をお祈りします。 

社員が去るのは寂しいが、人生の一部を共に歩めたことに感謝したい

今月で退職する社員の送別会での回想。

 

10年間在籍してくれた技術者。IT経験ゼロの彼を育成前提で採用した会社として初めての事例でした。とても残念ですが新しい環境でさらに活躍してほしいと思います。

 

新しく仲間になる人もいれば、新しい環境へ羽ばたく人もいる。採用という仕事を例えるなら「バス」。

 

求職者というバスに乗りたい人がいて、会社というバスに乗せていい人かどうかを判断するのが『選考活動』。バスの行き先を周知したり・バスの中の様子を発信するなどして、応募者の認知や応募動機に繋げるのが『広報活動』だ。

 

一方、乗る人もバスを選ぶ権利・バスに乗るかを選ぶ権利がある。

  • 進みたい方向のバスなのか(キャリア)
  • どんな人たちが乗車しているのか(人間関係)
  • 運賃や乗り心地はどうか(待遇、福利厚生)

 

せっかく一緒にバスに乗ることになったら、できるだけ一緒に同じ方向を目指していきたいが保証は無い。会社も環境の変化や外圧などで行き先を変えることもあるだろうし、個人も生活環境の変化やキャリア志向の転換などは、さまざまなきっかけで発生する。

 

だからこそ。一緒に歩める時はお互い悔いのないよう、しっかり向き合い対話を重ね、お互い理解しあえる環境作りを心掛けたいと改めて思った夜。

 

最後に彼と話をした。

「川島さん、10年間お世話になりました」

「本当にありがとう。色々あったね(笑」

「仕事が辛かった当時、励ましの言葉を思い出します。」

「何か言ったっけ?」

「現場での働きぶりは信用している。でもどうしても辛かったらいつでも戻ってこい。会社として仕事や取引先は選べるが**(社員)という存在は掛け替えがないんだから」って。

「懐かしいね(笑」

「あの言葉をもらって踏ん張れましたし、今でもたまに思い出します(笑」

「でも超えたのは君の力だよ」

「これからも色んな山を越えていきます!」

 

今までありがとう。

新しい環境でさらなる活躍・成長をを祈っています。

名刺交換・初対面の相手から笑顔を引き出す方法

相手を「まるで◎◎のようですね」と例える。

 

◎◎の部分は「季節、花、色」あたりが使いやすくておススメです。

まるで夏のような元気を頂けそうですね!

まるでかすみ草のような穏やかな雰囲気をお持ちですね!

まるで新緑のような爽やかな風のようですね!

 

名刺交換は第一印象を決める重要な場面。お会いした方にまた思い出してもらえるような、印象に残るような時間にしたいところ。ベラベラいきなり自分を営業するよりも、よっぽど効果的なのは以下の理由から。

 

インパクトがある

こんなことを言う人は希少です。私も日々いろいろな方と名刺交換しますが100人で1人いるかいないか。

名刺交換は慣れてくるとつい形式的で流れ作業になってしまいがち。他の人がやらないことをやるからインパクトがある。だから印象に残りやすい。

 

正解・不正解がない

「まるで」は仮に・もし・といった趣旨の例え話なので、正解もないし不正解もありません。デリカシーの無い例や人格を否定するような例でない限り、前向きに受け入れてもらいやすい。だから心が開き笑顔が出てきます。

もし相手を花に例えて、例えた花が相手の好みでなかったとしても、相手は悪い気はしません。だって例え話だから。

 

記憶に残る

言葉は忘れてしまいますが、イメージは記憶に残り思い出してもらいやすい傾向があります。

それは小さな感動が生まれるから。感動した経験はいつまでも心に残りよみがえりやすくなるように、感動は、後で名刺を見返すなど思い出してもらいやすくなります。名刺に顔写真があると尚良いですね。

 

先日とある女性講師の方と名刺交換。

凛とした姿勢で弾ける笑顔が印象的だったので

**さん初めまして。まるで向日葵のように元気を頂ける素適な笑顔ですね!

 

彼女から満面の笑みがこぼれ、その場で仕事に繋がる紹介を頂きました。

 

毎回こうした成果に繋がることはありませんが、繰り返していくとその場のアドリブで例えが出やすくなります。

 

第一印象でインパクトが残らないなどお困りの方は、是非お試しいただければと。

咲くことも枯れることも、命あってこそ

心がざわつく。

 

普段ではないようなミスが起こる。

 

集中できていない。

集中しようとするほど拡散する。

 

(明らかにいつもと違う)

 

何かが噛み合っていない。

上手くやろうともがくほど

アリジゴクのように深みにはまる。

動けば動くほど傷が深まりそうだ。

 

(もどかしい)

 

なぜこうなった?

いつからこうなった?

 

元エンジニアの性なのか

もともとの性分なのか

つい原因を探してしまう。

 

原因が特定できれば

解決できると思い込んでいる。

 

(原因がわかれば解決するほど人は簡単なのか)

 

現実はシビアだ

なるべくしてなっている

起こるべくして起こっている

 

一度は勘違いかもと思ったが

二度起こってしまった。

このままでは三度目が起こる。

 

きちんと向き合わねば

そのために踏み込まなければ

前には進めない。

 

疑いたくない人を

疑わざるをえない状況だとしても 

誰かのせいにするのは簡単。

 

しかし

人と人が関わりながら生きている以上

どちらかが完全に善で

どちらかが完全に悪なんてない。

 

私にも何かしらの因果がきっとある。

 

ちょっとしたボタンの掛け違いや

ちょっとした勘違いの見過ごしが

積もり積もってしまったのかもしれない。

 

一気には解決しないかもしれないし

致命的な傷をお互い負うかもしれない。

でも一つひとつ丁寧に誠意をもって

紐解いていくしかない。

 

静かな水辺で

ゆったり座って

水の音が聞きたい

好きな匂いを感じて

ゆっくり深く

呼吸したい

 

悩みが持てて

悩める時間があることさえ

貴重なんだと思えるのは

星になった大切な人達から

気づかせてもらえたから。

 

いろんなことがあるが

咲くことも枯れることもできるのは

命あってこそ。

 

ありがたいな。

 

明日は来るかわからない。

だからこそ

未来のために、今日を生きる。

 

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採用面接で力が発揮できなかった時の対処法

6月に入り、就職活動で面接をしている学生も多いと思います。

 

今年の採用市場も売り手(応募者)優位の傾向ですので、順調に内定が出ている人もいいますが、中には苦戦している人も。

「緊張して、力の半分も出せなかった」

「相手からの質問や期待に、十分に応えられなかった」

「自分が情けない・不甲斐ない」

「もしかしたら社会人に向いていない」

 

就活で応募した企業から何社もお祈りメール(不採用通知)をもらい続けたら、そんな風に思うのも無理もありません。だって私たちはロボットではなく感情を持った人間ですから。

 

練習すれば上手くできる確率は上がるけど、いつでも100%の力を出し切れることは難しく、力を発揮したい場面であるほど、不本意な結果に終わってしまうと落胆は大きいものです。

 

そんな時の対処法は、手段より理由に焦点を当ててみる。「どうやるか」は一旦手放して、「どうしてやるのか」を改めて考えてみること。

 

例えば緊張で結果が出なかったとしたら

  • 緊張をなくす方法
  • 面接を突破する方法

こうした即効性がありそうな手段に走ってしまいがちになります。

 

原因がわかっている微修正であればいいのですが、原因がよくわからなかったり根が深い場合は、表面的な手段を修正すると、従来の良さが消えてしまい逆効果になるケースもあるのです。

 

もし面接で結果が出なかったとしても、面接まで選考が進んだということは全くNOではなかったということ。選考の全体を見渡してみると良かった部分と不本意だった部分が見つかります。

 

不本意だった自分も自分。しかし

面接がNOだからといって、あなた全てがNOではないんです。

 

なぜその仕事なのか

なぜその人・その商品に憧れたのか

なぜその会社を応募したのか 

 

こうした気持ち=心根(こころね)の部分に

光を当て、水を与えることで

「今回はダメだったけど、次は頑張ろう」と

一歩踏み出せるようになると思うのです。

積極的と図々しいは紙一重

図々しいのを積極的だと勘違いしてない?

 

まだ会ったこともないのに

いきなり携帯に電話を掛けてきて

積極的に商談を始めようとするあなた。

 

図々しいから止めた方がいいですよ。

 

前任の方にお世話になっていたとしても

後任のあなたを信頼しているわけではないから。

「あ、どうもー。株式会社**で後任の◎◎です」

「前任の△さんにはお世話になりました」

「今年度の採用枠はどんな感じです?」

「前年度と同数で考えています」

「あー、ですよねー、ウチも積極的に行きたいんですよ〜」

「募集要綱は求人票に記載の通りです」

「ちなみに、オススメ情報あるんですけど興味あります?」

(略)

 

あのさ

積極的どころか図々しくて不快だから。

 

積極的っていうのはさ

相手に役立ちたい気持ちが前提にあって

清潔感ある身だしなみや

紳士的なマナーや言動があって

初めて積極的に感じるものなのよ。

 

信頼できる人だったり

魅力的で惹きつけられている人ならまだしも。

一度も会ったこともない人で

どんな人かもわからないのに

電話口で積極的にアタックされてもね。

 

人の家に土足で上がろうとしてくるような

図々しさを感じるだけだなので

そこのところよろしく。

 

「採用で困ったら僕のこと思い出してくださいね」

「無いと思いますよ(ガチャ)」

「この選択は正しかったのか」と、迷った時に読んでほしい

周りにいる人達が物語っているよ。

 

今まであなたが走ってきたことで

周りに起こった変化や出来事には

必ず誰かの存在があったと思う。

 

新しく出逢えた人

離れていった人

頼もしい仲間になった人

困ったら手を貸してくれる人

遠くから見守り応援する人

化学反応で生まれたコミュニティ

関わった人たちの成長や変化

 

あなたが想っている以上にあなたの選択が

周りの人達に役立てていたり

沢山の人達に受け入れられて

今があるのだとしたら

きっとその選択は正しかった。

 

もし

周りに人が残っていなかったり

離れていく人ばかりだとしたら

選択を誤ったかもしれない。

 

でも大切な人に囲まれているとしたら

その選択のおかげで沢山の人が喜び

沢山の人に役立っててきたという証拠。

 

順風満帆で辿りつくことなんてないし

思考錯誤・暗中模索で進んできたからこそ

辛いことや大変なこともあったと思う。

 

でもこうした苦難があったからこそ

今があるのだから

自分を褒めていいと思う。

 

だってあなたがもし

その選択をしていなかったとしたら

出逢うこともなかった人たちが

たくさんいるはずだから。

たった一人に書いた記事でも、多くの人に届くのがブログ

「あなたの力になりたい」

「あなたに役立ちたい」

「あなたにひとこと言っておきたい」

「オイ!いい加減目を覚ませー!」

 

このように

たった一人を想って書いたブログが

予想もしない人に届くことがある。

 

SNSで繋がっている人だけでなく

SNSで繋がっていない人でも

誰かのいいね!やシェアなどがきっかけで

読まれることもある。

検索でたまたま見つけたとか

名刺や口コミで見たとか

本当にどこで読まれているかわからない。

 

するとブログがきっかけで

全く面識のない人から相談や紹介が出たり

ご無沙汰の人から連絡が来たり

書き続けていると予想しないことが起こる。

だからブログはおもしろい。

 

一度書いたブログは検索され続けるから

時間をおいて読まれることや

ある季節になるとアクセス数が増えることもある。

 

 

最初は

「沢山の人に読まれる記事を書き続けなければ、埋没してしまう」

と、自意識過剰の勘違い野郎のように

自己暗示をかけてしまっていて

書き続けることが苦痛だったこともあった。

 

でもあるとき。

特定の人に向けて感情のままに書いた記事が

結果としてたくさんの人に読まれたことがあった。

 

「あ、これでもいいんだ」

と、肩の力が抜けて書くことが楽になった。

 

ブログで生計を立てているわけでもないし

プロのライターのようにあるテーマで書くわけでもない。

個人の自由で書きたいことを書けばいい。

 

上手く書こうと思うととたんに手が止まる。

自己評価30点でも続けていけば

やがて50点になり70点になっていく。

 

たとえ発信した直後に反響はなくても

「今の想いを刻み残しておく」

「今は不要でもいつか検索されればいいや」

 

そんな想いで記事を放つことで

ブログに体温が宿り、必要な人に届いていく。

そして必要な人に届いた手応えを感じれば

ブログを書くことが、今よりもっと楽しくなる。

 

SNSの投稿は流れてしまうがブログは残る。

そう、ブログは資産なんです。